日伯100周年と北杜夫氏

2008.06.22(Sun)

 先週の木曜日、昼休みに自動車税を払いに郵便局に行ったときのことです。窓口で「日伯交流100周年記念硬貨」とかそんな内容の小さなポスターが貼ってあるのを見つけました。ポスターの細かい字を読んでみると「今年は日本人のブラジル移民100周年で、100年前の6/18に移民船第一号の笠戸丸がブラジルのサントス港に着いた」とのことでこのことから今年2008年は日伯交流年なのだそうです。

 ブラジル移民も笠戸丸も私の記憶の中にある単語です。私の敬愛する北杜夫氏の著作に「輝ける碧き空の下で」というブラジル移民について書いた大作があります。この本を初めて読んだのがイロイロと多感な高校生くらいの時で非常に鮮烈な印象が残っています。北氏の本の中でもベスト5くらいに入るくらい好きです。本自体は実家に置いてあるので今手元には無いので詳しく紹介できないのですが、筆致は本書でも北氏らしく淡々としつつも時にはユーモアを交え、時にはかっちりとした素晴らしい表現が続き、物語自体は1部と2部に分かれ、さらにそれぞれ上下に分かれ合計4冊(しかも一冊がかなり厚かった気がします。)の長い小説なのですが、高校生の私でも一気に読むことができました。

 この小説は、小説とはいえある程度、実話を元に執筆されたそうな。実際北氏の取材の様子もまた別のタイトルの本で出していますし。なので、この小説からある程度ブラジル移民の様子を垣間見られると思うのですが、日本の移民の根性と悲哀に圧倒されるばかりです。
 「輝ける碧き空の下で」は上記の笠戸丸がブラジルにつくところから始まり、第二次世界大戦くらいまでを扱っています。「物凄い稼げる」という宣伝で応募してきた貧農移民達をブラジルで待っていた物はきつい労働と農園主にこき使われる生活。きつい労働と貧しい生活、さらにマラリアで日本人移民達はばたばた倒れていきますが、それでもなんとか動ける真面目な日本人移民は労働を続けます。マラリアはキニーネを飲めば助かるのですが、キニーネを買う金がない…。志半ばで地球の裏側で果てていった移民、しかも貧しい生活なので葬儀も埋葬も満足に執り行われなかったような移民のことを思うと切なくなります。
 それでも巻を進め、時代も近代になるうちに、日本の移民の中からは少しずつ成功し始める人も出始め、また日本の開拓専門の大学(?)を出たインテリな移民の様子なども出てきます。ただ豊かになって生活に余裕が出てくると、日本への望郷の思いが出てくる・・・といったような小説の内容です。

 そして現代、今年は移民が始まって100年。日本はもちろん豊かになったのでしょう。ブラジルに移住した日本人も努力の甲斐があってブラジル国内でも認められており、それなりの地位にいます。現在は笠戸丸で移住した世代はの移民はほとんどおらず、既に4~5世が主力なのではと思います。

 今の日本ではかつてブラジルに日本人が移民したこと、移民した人たちの生活がどのようなものであったかについては、ほとんど情報が入ってきませんし、若い世代はほぼ無知ではないでしょうか。(特に10~20代は。私も偉そうに言っていますが、北氏の本と出会わなければ全く知識を得ようとは思わなかったでしょう)
 こういう移民関係のイベントを行うと、移った先の方々はものすごく熱心であるのに対し、移民元はそれほどでもなく移民の方々をがっかりさせるということがあると聞いたことがあります。ブラジルといえば若いヤングにとってはサッカーのイメージが強いと思いますので、せっかくの交流年、サッカーなどで交流しつつ、かつてこんな歴史もありましたみたいなイベントをやっていただければ、地球の裏で果てていった無名の移民農民の方々にも今の日本人の思いが届くのではと思います。
 長くなっちゃいました。さすがに眠い。。。まとまりの無い文章で恐縮です(^^;
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